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宿泊予約経営研究所所長の末吉秀典が注目の宿泊施設をご紹介するこのコーナー。
今月は、「熱海 三平荘」さんの体験レポートをお届けします。
宿泊施設にとっては重要なポイントの1つである、「目で見る」楽しさ。
今回は視覚の意外性を上手に活かし、強みとしている熱海のお宿「三平荘」をご紹介します。
三平荘は昭和初期に小さな下宿屋としてその歴史をスタートさせました。
昭和25年に日露戦争で参謀として活躍した伊地知幸介と、
ホテルニューオータニ初代経営者の別荘地の一部をそれぞれ譲り受け、今に至っています。
JR熱海駅から車で5分程度とアクセスがよい三平荘の目の前には、
大型スーパーがでんと構えています。
通りも車が頻繁に行き交い、
遠くまで見渡せるような広々とした景観が命、と考える人にとっては、
信じられない立地かもしれません。
しかし、この情景すら、宿の魅力をますます引き立たせるのです。
1000坪の敷地内には、当時の面影を残す庭園と、
半露天風呂付きの離れ4室を含む全13室の客室を有しています。
温浴は露天・大浴場の2つ。その他にもラウンジ、バーなどの施設もあります。
客室にはすべて、贅沢すぎるくらいゆったりとした空間が広がっています。
専務取締役の志塚実紀さんに伺うと、当初は20あった客室を、
約25年前から2部屋を1部屋に改築し、現在の13室になったとのこと。
建築に造詣の深かったお父さまの影響で、デザインはすべて異なっており、
少しずつ建物に調和したリニューアルを加えているのだそうです。
客室に通されると、閑静な風情ある雰囲気に包み込まれました。
手入れの行き届いた庭園の樹木が外界の喧騒をかき消し、風格を醸し出しています。
今回宿泊させていただいた客室「光」は、5部屋で構成されています。
10帖の広々とした和室、掘りごたつ付きの和室が6帖、次の間、ツイベッドルーム、
お庭に面した半露天風呂と充実した設備はゆったりとした時間を提供してくれます。
掘りごたつに座るもよし、ウッドチェアに横たわるもよし。
灯りを落として、窓からのゆるりとした風を感じ、木漏れ日がゆらぐのを眺めていると、
山中の宿屋にいるような錯覚を覚えます。
街中の景色を隠すように窓外に茂っている木々は、
しっかりと手入れがされており、うっそうとした閉塞感を感じさせません。
葉色の濃淡、草木、庭石との絶妙なバランスが理由でしょうか。
街中の宿屋にも関わらず、ゆったりとした客室で、
外の景色を愉しめることは矛盾をはらんでいます。
ただ、この矛盾こそ、三平荘の強みの1つといえます。
視覚的な魅力だけでなく、接遇にも細やかな気遣いが活かされています。
私が客室から露天風呂に向かっている途中、
休み処に立っていた番頭さんがお風呂までの通路をにこやかに案内してくれました。
そのときは「たまたま会ったから教えてくれたのかな」と思ったのですが、
実はそうではありません。
初めてのお客さまにとっては少し複雑な館内で、
迷わないように番頭さんがさりげなく案内をするようにしているのです。
わずか13室の宿で、ここまで行き届いたサービスがあるのかと驚きました。
無事、たどりついたお風呂には、タオル・バスタオルが完備してありました。
これも大荷物を抱えてお風呂へ行かなくて済むので嬉しいサービスです。
三平荘ご自慢の料理は、お部屋出しの会席料理。
仲居さんがお客さまのペースに合わせて一品一品運んできてくれます。
季節感を感じさせるお造りや、旬材を使ったお彩り鮮やかな料理は、目と舌の両方で味わいます。
お客さまから評判の宿は、夕食はもとより朝食も美味しい宿が多いように
三平荘でも例にもれず美味しい朝食が楽しめます。特に玉子焼きは絶品。
ぜひ召し上がっていただきたいです。
十二分に上質な時間を堪能した最後に、嬉しい演出が待っています。
それはチェックアウト前の、ラウンジでいただくコーヒーサービス。
こう書くとどこにでもあるようなサービスに聞こえますが、
ここに三平荘ならではの、視覚に訴えた仕掛けが隠されています。
この宿のラウンジは、基本的に滞在中は利用できないようになっています。
数寄屋造りの館内と異なり、ジャズの流れるモダンなラウンジ。
それまで和の空間にどっぷりと浸かっていたお客さまにとっては、
和の感性から洋の感性へ切り替えさせられるサプライズになります。
私は、お客さまの滞在中の満足度をあげるためには、
視覚的なギャップをうまく演出することは重要な取り組みだと考えています。
大手宿泊予約サイトのレビューにこんな言葉が書かれていました。
「オーシャンビューばかりがよいのではないなと実感しました」。
この言葉が、三平荘の仕掛けたサプライズが奏功していることを
物語っているのではないでしょうか。
(文・写真:末吉 秀典)